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2015.06.04

誰のため、何のためのオープンデータなのか

Kyoryukoen

誰のため、何のためのオープンデータなのか、という議論が下記のブログで展開されていていろいろ思った。前回の記事でも(だいたい賛同しつつ)少し違和感があったのだけど、今回の記事でもまた違和感があった。

 足りないのは人材と望まれるデータなのだった
 (
Hiro KAWAGUCHI Laboratory
 http://www.kawaguchi.com/works/?p=1414 

論点は整理した方がいいし議論は噛み合った方がいいのだけど、筆者は異なる立場の人々が一つの方向に収束していった方がいいと考えているように読める。でも僕は収束はしなくていいのではないかと思う。

オープンデータが誰のため、何のためなのか、ということについては複数の考え方が存在しているのが実態だし、だからこそここまで進んだと僕は思ってる。政府だって別方向の3つの目的(透明性信頼性、国民参加官民協働、経済活性化行政効率化)があると最初から明示している。そもそも本格化した契機は災害対応だったし、文化振興とか国際貢献・国際政治とか、もっといろんな立場の人が参入してきていろんな論点が出た方が全体的に進むはずだ。

筆者が指摘するように、ギークは非常に重要なプレイヤーだ。でもあえていえば、重要なのはギークだけではない。たとえば透明性を重視したり、教育的効果を重視したりする立場の人にとっては、ギークにとって扱いにくい形式のデータであったとしても、内容や粒度が希望を満たしていればOKなのかもしれない。つまりギークの立場では満足のいかないオープンデータであっても、他の面では前進していることを肯定的に受け止めて、怒ったり否定したりせずに協力して進めていこうよ、ということだ。

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