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2012.01.19

震災と共感

094_2※写真は和田倉噴水公園


阪神淡路大震災から17年が経った。

17年前、1995年の1月17日。僕は高校3年生で、埼玉にいた。その日は、朝のニュースで第一報を見たけれども、そのままいつものように登校したのだったと思う。ただ、昼休みに放送部が被害状況を読み上げてくれて、ことの重大さを知った。

それでも、埼玉と被災地はとても離れているし、関西には親戚もいないし、その当時は受験生(その後浪人生)だしということで、僕にとって阪神淡路大震災はテレビや新聞の中の出来事だった。


時は流れて2011年。

東日本大震災が起きた直後、関西の友人たちと連絡をとっている時に、気持ちが共有できていないと感じ、少しイラついたことがあった。頻繁に揺れを感じ、原発の爆発を目撃し、緊急地震速報に怯える中では、彼らと一緒に東北へ支援に行こうなんていう相談をする気持ちの余裕が無かったのだ。

でも、自分も阪神淡路大震災の時は自分に当事者意識がなく、関西の人たちとは全く共感できていなかっただろうという事を思い出して、ズレがあるのは仕方のないことだと受けいれた。そして、いまの自分でできる範囲の事をやろうと思ったのだった。

最近は、東北へ行ったり、東北と関わることが増えてきたけれども、何度行っても僕が現地のことを分かったつもりになることはやめよう、まずは先入観なしによく声を聞こう。

そんなことを思った。

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