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2012年1月

2012.01.31

オープンデータを進めたい

091005_0122※写真は南紀白浜

IT戦略本部の電子行政タスクフォースに出席した。
今回のテーマはオープンガバメント。

今年のオープンガバメントの議論は、世界各国政府の政策動向や、東日本大震災で東京電力の電力使用量データや文部科学省の放射線量データが民間に有効活用されたことを踏まえ、公共性の高い情報(Public Sector Information)の有効活用、言い換えればオープンデータ/オープンガバメントデータの活用についての議論に力が入っている。

オープンデータ政策は、データを有効活用することで民間に新たな機会を生み出し、行政を効率化し、また政策議論をデータに基づいたものへと進化させる可能性を持っている。英国や米国をはじめとする欧米各国が進めているだけではなく、最近は中東やアフリカでも積極的に取組む国が出てきている。しかし残念ながら日本では、国を挙げた取り組みにはなっていない。

※オープンデータ政策の内容や具体例は、『行政&情報システム』誌の連載「行政情報化新時代」で「政府保有データの有効活用を考える」というタイトルで紹介した。

『行政&情報システム』 2011年 12月号 目次
http://www.iais.or.jp/ja/wp-content/uploads/2011/12/mokuji-12.pdf

日本の事例として紹介できるのはたとえば、

経済産業省のデータBox
http://databox.openlabs.go.jp/

福井県鯖江市のDataシティさばえ(XML化の推進)
http://w.city.sabae.fukui.jp/pageview.html?id=11552


あたりだろうと思う。鯖江は、(オープンデータの活用ではないが)アプリケーション開発コンテストも開催するなど、非常に積極的で興味深い。

そしてタスクフォースの議論だが、一部の構成員から、「税金で作ったデータをオープンにして、外国人・外国企業に彼らのために使われるのはいかがなのものか」という提起がなされた。そしてそれに対して「そうだそうだ」という議論の流れになっていってしまったことから、私は「私は基本認識がちがう」として次のようなコメントをした。

「「税金で作ったデータをオープンにして、外国人・外国企業に彼らのために使われるのはいかがなのものか」という話がされているが、そうした扱いが必要なのは一部のデータにすぎないのではないか。基本認識としてはそれよりも、税金で作ったデータが国民のために有効活用されていないという見方にたって議論をするべきだ」

と主張した。口調がちょっと熱くなってしまっていたようで、後である方から、「オープンガバメントのところで吠えてましたね」と言われてしまった(汗)。

2012.01.28

FTMは新しい情報社会論を生み出せるか

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GLOCOMではいま、未来の技術と社会の関わりを考えるFTM(Future Technology Management)フォーラムというプロジェクトを進めている。僕は、このプロジェクトの柱の一つである、Green Tableという若手ラウンドテーブルの企画運営を担当している。

今年度は10月から3月までの間に4回の議論をすることを予定していて、これまでに次のような3回の議論を行なってきた。

■第1回 川崎裕一氏「ソーシャルネットワークはモノづくりを変えるか」 http://www.glocom.ac.jp/2011/12/1ftmgreentable.html ■第2回 楠正憲氏「生産性の再定義 ~「もっと、速く、良く」を超えて~」 http://www.glocom.ac.jp/2012/01/_ftmgreentable.html

■第3回 山田メユミ氏「消費はこの先どう変わるのか? 」
http://www.glocom.ac.jp/2012/01/3ftmgreentable.html

毎回の議論はそれぞれ刺激的で、発見がたくさんあって楽しいのだけれども、このラウンドテーブルの狙いはそこだけではない。4回を通じて「スマート社会」についての考察を深め、構想することにある。だから、各回の議論を通しで眺めてみて、あるいはもうひとつのシニアラウンドテーブル(RedTable※非公開)と合わせて議論を眺めてみて、何が見えてくるのか、ということを考えなければいけない。

で、僕は一連の議論にほぼ全て参加して流れをフォローしているので、自分なりにもやもやと考えているのだが、FTMフォーラムは、どうやら新しい情報社会論を作る場になってきているのではないかと思えてきた。まだ確信を持ってはいえないが、おぼろげながらにポイントが見えてきた気がする。

それは、こういうことだ。公文先生の『リーディングス情報社会』などの整理によれば、情報社会論は、1960年代から70年代にかけての何人かの論者を源流としている。彼らの議論は、重厚長大な工業社会への反省が主要テーマだった。

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しかし、90年代中盤から2000年代にかけて、あるいは少なくともここ10年において、「IT革命」や「Web2.0」といったビジネスインパクトやメディア論寄りのキーワードに象徴される情報社会論では、その色は薄まっていた。

それが、2009年にオバマ政権が「グリーンニューディール」政策の中で打ち出したスマートグリッドの議論や、ユビキタスなデバイスで生活環境を高度化するスマート社会論の登場、福島第一原発事故などの要因によって、テーマ的に回帰してきていると思われる。また、インターネットを支える技術者コミュニティと自然への回帰を志向するヒッピー文化にはつながりがあり、それもまたオキュパイ運動などとの関連で表出してきている。

情報社会論は、論点を初期の情報社会論に近いところに戻してきていると思う(だから僕は先日、「メタボリズムの未来都市展」に行ってあれこれ考えたりしてみた。その件についてはまたこんど)。ただ、その時代からは30年以上の時間が経っているので技術や社会状況が変わっているし、どうも人々の心理がこれまでの想定とは変わってきているところにポイントがあると思われる。FTMのGreenTableで「シェア」とか「洞察」とか「一般意志」とか「消費者の志向」について議論してきたのを振り返ると、僕らはその点を掘り下げようとしているのではないかと思う。

これまでの議論を簡単に振り返ると、GreenTableが現状分析を基に望ましいと考えている「スマート社会」とは、シェアを通じて欲望を抑える社会ではなく(むしろシェアを通じて付加価値を高めている)、「もっと、速く、良く」という世界観が描いてきたSFのような未来社会でもない(それはほぼ実現可能だし、それで何をするべきなのかということが問われている)、ビッグデータ解析による行動予測に決定される社会でもなければソーシャル(メディア)マッチョな人たちだけが快適な社会でもない、ということは見えてきている。

そんなわけで、RedTableでやっているような技術・政策的な議論と、GreenTableでやっているような社会的な論を更に深め総合していと、新しい(情報?スマート?)社会論が生まれるんじゃないだろうか、と思えてきました、というお話。

■追記:
ニューズウィーク日本版のウェブコラムで酒井啓子さんが「リベラル民主主義」ではない、ファシズムやポピュリズムなどの「非民主主義」的な思想でもない、「まだ見ぬ新しい思想」が現れてきているのではないか、ということを書いている。この「新しい情報社会論」もそれと関わっているように思う。

2012.01.19

震災と共感

094_2※写真は和田倉噴水公園


阪神淡路大震災から17年が経った。

17年前、1995年の1月17日。僕は高校3年生で、埼玉にいた。その日は、朝のニュースで第一報を見たけれども、そのままいつものように登校したのだったと思う。ただ、昼休みに放送部が被害状況を読み上げてくれて、ことの重大さを知った。

それでも、埼玉と被災地はとても離れているし、関西には親戚もいないし、その当時は受験生(その後浪人生)だしということで、僕にとって阪神淡路大震災はテレビや新聞の中の出来事だった。


時は流れて2011年。

東日本大震災が起きた直後、関西の友人たちと連絡をとっている時に、気持ちが共有できていないと感じ、少しイラついたことがあった。頻繁に揺れを感じ、原発の爆発を目撃し、緊急地震速報に怯える中では、彼らと一緒に東北へ支援に行こうなんていう相談をする気持ちの余裕が無かったのだ。

でも、自分も阪神淡路大震災の時は自分に当事者意識がなく、関西の人たちとは全く共感できていなかっただろうという事を思い出して、ズレがあるのは仕方のないことだと受けいれた。そして、いまの自分でできる範囲の事をやろうと思ったのだった。

最近は、東北へ行ったり、東北と関わることが増えてきたけれども、何度行っても僕が現地のことを分かったつもりになることはやめよう、まずは先入観なしによく声を聞こう。

そんなことを思った。

2012.01.18

新しい政策メディアにはハッカーとデザイナーとアーティストを

P1020203_2※写真は北京の798芸術区


先日、『政策空間』拡大編集会議がGLOCOMで行われた。ひさしぶりに色々な人が集まって、(私にとっては初めてのかたもたくさんいて)盛り上がった。話題も、東浩紀さんの「一般意志2.0」についてがかなりの時間を占めるなど、色んな話題がでて盛り上がった。

一般意志2.0の話は収束しなかったが、参加者は、ネット政策メディアの先駆けである『政策空間』を再び盛り上げていこうということは確認した。そして、しばらく編集部から外れていたけれども、僕も再び何らかのお手伝いをしていこうと思った。特に、公共データ活用など、オープンガバメント/Gov2.0に関わる実践をする場として政策空間を活用していきたい、という話をした。

政府が公開する公共データを活用して、節電や放射線アプリのような公共アプリの開発を活性化したり、データに基づいた政策議論やインフォグラフィックによる表現を活性化したりする。これからの政策メディアには、そういうオープンガバメント/Gov2.0の拠点になって欲しい。

だから、僕が関わりたいと思っているこれからの政策メディアには、ハッカーとデザイナーの協力が欠かせないと思う。いや、協力をお願いしたいのは、「デザイナーでありアーティストであるような人」なのかもしれない。たとえば「次の衆院選までに公職選挙法を改正してネット選挙を実現したい」というときに、単に論文を集めてネットに並べるだけでは力にならないと思うのだ。何か、インパクトのある表現をしてみたい。

2012.01.17

住民票・印鑑証明コンビニ交付の賛否

P1020795※写真はアクロス福岡


福岡市が始める住民票・印鑑証明のコンビニ交付がわりと評判いいようです。市長のツイートがかなり評価されていました。

しかし私は、これにはいくつか批判や課題もあると考えています。

 1.住基カードがなければ出来ない

 2.本当は住民票がいるような手続きを電子化していくべきではないか

 3.簡単になりすましができる印鑑自体をやめていくべきではないか。

 4.全自治体が対応するには莫大な投資と時間がかかる

昨年度のIT戦略本部電子行政タスクフォースでも、かなり議論をしました。個人的にヒアリングをしに行ったりするなどして勉強したということもあり、割と積極的に発言したテーマです。ご関心のある方はぜひ議事録を確認してください。

そして私自身のこの制度に対する賛否は非常に微妙で、

 1.住民票がいずれ完全に電子化するとしても遠い将来なので過渡的次善策ではある

 2.高価な専用キオスク端末を導入するよりはコンビニ複合機の方が効率的で良い

 3.戸籍謄本やその他の書類もコンビニ交付できるようにするための一歩にはなる

 4.自治体とコンビニをつなぐ電子化(やその背後にあるLASDECのシステムの構築)を全国化することは、将来、家庭でのプリントアウトを可能にするシステムを作る際に活用可能と思われる

という理由から今のところの立場としては「消極的賛成」です。


2012.01.14

香港で、最近の政治・社会運動の背景をさぐる

今回の出張では、政治・社会運動とソーシャルメディアや新しいネットメディアの関係について、色々な人に話をうかがった。

ちょうど訪問する直前に、こんな事件があった。香港・尖沙咀(チムシャツイ)にあるドルチェアンドガッバーナ(D&G)の店舗で、人々が外から内部を撮影するのを禁止したところ、それに反発した人々が店の前に集まったり写真を撮ったりして抗議したというものだ。この呼びかけにはFacebookが活用されたという。

参考:
ふるまいよしこ「香港のモブ活動に思うこと」(ニューズウィーク日本版「中国 風見鶏便り」 )

このニュースに触れて、僕はこんなつぶやきをした。

「香港の一般庶民が周縁化され無視されていることに対する過敏反応」って気持ちは分からなくもないけど、それで外資企業へ抗議モブってのはつながりが悪い気が。でもそれが香港の現実なんですかね」

「あと、香港を中国の一部と考えれば周縁化されてるのかもしれないけど、グローバル経済の中ではそんなに周縁化されてないんじゃないかと想像したりするんだが、そんなことは無いのかな。全く不勉強なのでその辺は現地の空気を吸って考えてみようと思う」

これに対してふるまいさんが、

「中国国内と違って「外資だから」とか「日系だから」といった意味はないです」

と教えてくれた。そのおかげで外資排斥や反日といった背景ではないというのは分かったのだが、それでは何なのか、ということがわからなかかった。ふるまいさんのコラムを読んで、中国本土と香港の関係がベースにあるということが分かり、ジャスミン革命のような政治的不満と、オキュパイウォールストリートのような経済的不満が混在しているのではないかという印象を持った。

そこで、今回の出張ではこのD&G事件の現場へ実際に行ってみたり、会う人ごとに背景にあるものについてたずねたりして、自分なりに考えてきた。

現場へ行ってみると、数日経った後でも何人かの若者たちが店の入り口にいたずらをしたり、記念写真をとったりしていた。そして香港の独立系メデイアの人にいろいろな質問をぶつけてみると、今回のモブの背景には、にわかに経済力で香港を上回るようになった中国本土の人々へに対する複雑な感情、経済格差が広がっていることへの不満、フラッシュモブにありがちな「いたずら心」など色んなものがあることが見えてきた。

また、香港には色々な社会運動があって、たとえば近年の「菜園村事件(高速鉄道建設反対)」と「オキュパイ・セントラル」と「D&G事件」をとってみても、いずれも異質のものっだという。大陸(中国)との関係や経済格差への姿勢が異なっているし、参加している人々も違う。もちろん共通しているところもある。それは「民主」を求めているということだ。「参加」をしたい、自分達で主体的に物事を決めたい、ということ。これは政府の民主化を求める、というよりは「まちづくりに参加したい」、という感覚に近いようだ。

※長くなりそうなので、いったんここで区切り。続きはまたこんど

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香港・三聯書店にて

香港出張から返ってきた。
調査の成果については追々公開していくことにしたい。

ところで、調査の途中、香港の三聯書店で「希望の松」を表紙にした本を見つけた。22人の在日香港人が東日本大震災の体験やその後の思いを香港人向けに書いた『日本・再出発  在日香港人311地震後感』という本。全収入は日本のために寄付するそうだ。感激して買ってきた。

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参考:

もうひとつ。店に入ってすぐの場所で加藤嘉一氏の本が平積みになってた。表紙には彼のことを「日本的寒韓(韓寒は中国の若手人気作家・レーサー)」と表記。棚にも彼のこれまでの三冊の著作が並んでた。ここまでの人気だったのかと驚いた。

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2012.01.02

正月早々いろいろ思い、つぶやいた

P1020497_2 ※写真は六本木ヒルズ屋上展望台から見た東京タワー方面

昨晩は、Twitterで話題になってたのでNHK・Eテレの「新世代が解く!ニッポンのジレンマ〜震災の年から希望の年へ〜」を途中から見た。不満はあるけど、やらないよりはやった方が千倍も万倍もいい。そういう意味でいい番組だった。

「新世代が解く!ニッポンのジレンマ〜震災の年から希望の年へ〜」
http://www.nhk.or.jp/jirenma/

で、見ながら思ったことをTwitterで細切れにつぶやいていたんだけど、これから考えていきたいネタがいろいろあったので、つぶやきを拾ってちょっと整理しておこうと思う。

ワンホップでつながる人ばかりで身近に感じるし、テーマはものすごく興味あって参加したいくらいなんだが、こういう議論形態は苦手。人の話を最後まで聞いちゃって割って入れないんだよなぁ(苦笑)。

「朝まで生テレビ」的に多数の(多くの場合「多すぎる」と思う)論客をずらりと並べて、互いにハイテンションで議論を繰り出し互いに割って入るような形式で進める議論は、議論が深まらないので好きでないし、僕は苦手だ。自分もFTMラウンドテーブル(GreenTable)で、似たような形式をやっちゃってるんだけど。

若者の中に、海外に出ていくという選択肢をちらつかせる人が出てくると、若者政策は変わるだろうか。

社会保障財源の将来と若者世代の負担を論じていたところでのつぶやき。猪子さんが若者はマイノリティで政治力がない、ということを強調していたのが気になった。年末のMIAUのニコニコ生放送「ネットの羅針盤」で、スウェーデン海賊党が、高齢者層の支持者を増やしていくために、党員が高齢者のIT支援をしているという話を紹介したように、現実的に考えれば、世代間対立を煽るだけでは大きな力にならないので、社会を変えるためには高齢者と若者が組まなくてはならない。年金や社会保障、税負担の問題でも、若者世代は自分たちと将来世代のために「高齢者も乗れる」案を作っていかなければいけないだろう。

ただし、若者世代が発言力を獲得し、主導権を握っていくためには時には世代間対立の構図を作るのが有効な場合もあるだろう。少しとんがった主張をして高いボールを投げていかないと、物事が動かないのも事実だ。そういう意味を持つ行動の一つとして、「若者の海外脱出」というアクションを提示してみた。

問題が大きすぎて調整移行コストがかかりすぎるから小さくして解くという方法はある程度有効なはずで、うまくいっている小国モデルを研究すべきだと思うんだけど、話題にならないかな。

大きな政府、小さな政府より、機能する政府。小さな政府かつ大きな社会。僕が参照したいと思っている北欧モデルは、小さな中央政府と大きな地方政府。

先日ブログにちょっと書いたように、僕は情報社会における新しい民主主義は、マイクロな自前主義に向かうと考えている。言い換えれば、補完性原理にしたがって地方自治を整備しなおし、道州レベルまでで大抵のことが処理されるような社会へ作り替えて、人々が「参加」する機会を増やしていくこと(大きな社会化)が、長期的に見れば政治経済の諸課題をより「納得いく」形で解いていくためのカギになるということだ。

ネットを使った地域での趣味共同体を、と宇野さんがいったが、残念ながらそれは隣近所の問題、無縁社会的を解決しない。荻上さんがネットが問題解決に資す ると言ったのは事実だが、ネットでつながれない人の問題が地域の現場のリアルな問題であり、その解決をどうするのかという問題は、残る。

震災直後のIT関連の取り組みは、総力戦が素晴らしかったというより、創発・自発が素晴らしかったのだと思う。

当たり前すぎることだが、ネットはとても役立つけれど、出来ないこともある。どこでどう使い、できないことをどう補っていくのか、ということを真面目に論じないといけない。もうそういう段階だと思う。

あーもう。つながりって言葉でまとめるの禁止。それじゃ思考停止だよ。

つながりってのは、不平等が生じるものだし、強いつながりと弱いつながりがあるし、つながる形にもいろいろあるんだよ。つながって良かったね、つながっていきましょう、っていう大雑把な話じゃだめなんだよー。

「つながり」という言葉でまとめてしまったのは堀潤アナウンサー。テレビ的にはまあ当たり障りがないし、わーっととっ散らかった中で一言でまとめるためにそうせざるを得なかったという気持ちは分かるんだけどね。

2012.01.01

あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。

昨年は色々なことがあり過ぎて、あっという間に時が過ぎました。しかし振り返ってみると、これまでの研究テーマの幅が広がり、また今までお会いしたことがなかったような方々との出会いがたくさんあり、自分にとっては充実の年で会ったように思います。お世話になった皆様、ありがとうございました。

今年は文章を書く年にしたい、と思っています。去年の充実したインプットが、自分の中で混ざり合い、ぐつぐつと煮こまれてきているのを感じているので、今年は、それらを表現することを自分に課そうと思っているところです。つぶやきやブログ、論文など、色々な形でアウトプットを増やしていきます。

今年もよろしくお願いします。

2012年1月1日
庄司昌彦

※写真は昨年の出張で行ったロンドン。今年はロンドンオリンピックですね。