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2010年11月

2010.11.29

シリコンバレーの小規模ICTベンチャーとコワーキング

現代ビジネスに掲載された、市川裕康「世界で拡がる「コワーキング・スペース」というムーブメント、新しい働き方のスタイル」という記事が話題になっているのを見て、自分もこの話題について書いた小レポートがあるのに未公表だったことを思い出した。

以下は、2009年6月に米国出張した際に、ニューヨークのNew Work Cityと、サンフランシスコのCitizen Spaceに訪問して考えたことを簡単にまとめたものだ。論文などと違いとてもふわっとした文章でお恥ずかしいところもあるが、あまり突っ込まないで欲しい。

■シリコンバレーの変容とICTベンチャーの小規模化

シリコンバレーには大学、ベンチャーキャピタル、多様な留学生、人的ネットワーク、人材流動性、起業支援機能など、社会的な知識創造の仕組みがある。このシリコンバレーを特徴づける組織のモジュール化、人材の流動化、フラット化によるグローバルな業務連携といった企業組織のあり方や人々の働き方は、情報技術の発展に沿ったグローバルスタンダードとして世界的に参照されてきた。

金融危機はシリコンバレーをも直撃した。ヤフーは5%を超える2000人以上の社員をレイオフし、高成長を続けてきたGoogleでさえ、「Google Notebook」など6つの事業の整理し非正規契約社員を中心に大規模なレイオフを実施した。またさまざまなICT企業の研究所がバンガロールや上海などにも出来ていたり、特許件数などでは中国、インド、韓国などが伸びていたりすることなどを踏まえてICT産業の傾向を中期的に見ると、米国の影響力が市場性やイノベーション創出などの面で相対的に低下し、パワーバランスが分散していく傾向にあるのは間違いない。

だが、シリコンバレーの強みのうち、人材を引き寄せる地域としての魅力があり、技術をビジネス化し市場を作り出す力においては、引き続き強みを持っているというのが、現地のコンサルタントや企業関係者等の一致した見方であった。シリコンバレーには、世界の最高の頭脳を集める大学があり、そうした技術者のステータスが非常に高い。また、イノベーションをビジネスに変え、関連業界を巻き込み、市場を作る能力をもった優秀な経営者がいる ことも他の地域にはない優位性である。

注:一般に経営者は留学生よりも米国出身の白人が多い。これまで、米国人経営者と海外から来た技術者の組み合わせでビジネスをすることが多かった。だが近年は非白人、海外からの移住者自身の経営も増えているそうだ。

こういったシリコンバレーのIT産業とソーシャルメディアはどう関わっているか。特徴的なのは、ビジネスに特化したSNS「Likedin(リンクトイン) 」の存在である。2008年時点で会員900万人を超え、特にシリコンバレーを中心とする地域では、就職や商談の相手探しなどには欠かせないSNSとなっている。Linkedinの特徴でありビジネスモデルとなっているのは、有料登録者向けのサービスである。米国では頻繁に仕事を変える人が多く、企業に所属していても、人的ネットワークの整備が常に必要な社会である。有料ユーザーは、Linkedinを経由してビジネス上のパートナーを組む相手を探し出し、コンタクトしたい企業で人脈の近い人物を探したり、実際に会う人の情報を詳しく知ることができる。また新たに人を雇う時やバックグラウンドのチェックにも、SNSのプロフィール画面が役立っている。また、求人情報の掲載もビジネスモデルの一部になっている。

企業組織のあり方はどうか。近年のICTベンチャー企業は、会社の組織が非常に小規模で無駄が少ない。オープンソースのソフトウェアや、クラウド型のサービスを活用することで、少ない初期投資でサービスを立ち上げることができ、組織をあまり大きくしなくても大きなビジネスをすることも可能だ。代表例は地域別にクラシファイド広告のサービスを提供しているcraigslistだ。AIM Group社と米Classified Intelligence社の調査によれば、Craigslist社の2009年の売上は1億ドルに達すると見られている が、社員数はたった23人しかいない。(Craigslistの発表データによる(2008年9月現在))。

企業が小規模化している(大規模化しない)背景には、ITバブル崩壊以降、ベンチャーキャピタルがIT企業に対する大規模投資を避けてきたということもある。現在でもシリコンバレーのベンチャー投資(件数・金額)の6割がIT関連だが、近年大きく伸びているエネルギー関連などと比べると1件あたりの規模が小さい。それでも、サービス系であればプラットフォームの中核部分を抑え、製造業系であれば台湾や中国の企業に製造工程をアウトソースすることで低コストかつ高収益の経営を確立仕様としている。アウトソーシングやクラウド型サービスのメリットを活用することで、スピーディで効率的な経営を実現しているのである。


■「Co-Working」というスタイル

次に、「組織の小規模化」を個人レベルの「働き方」の観点からみたい。サンフランシスコで始まった「Co-working(coworking)」という仕事のスタイルが米国で広がっている。「Co-working」とは次のようなものである。個人事業主など在宅で仕事をしている人は、他人とのインタラクションの機会が限られるため、寂しさを感じたり、刺激を受ける機会を欲しいと感じたりするようになる。Co-workingとは、そのような人々のためにカフェのような雰囲気を保ちつつ、机やインターネット接続をはじめ共用会議室など仕事に便利な環境を貸し出すスペースのことである。

優秀な人材が一カ所に集まり、刺激を与えあったり、協力したりする。場合によってはCo-workingでの協力関係から会社に発展することもある。ベンチャー企業のインキュベーション施設と似たところもあるが、インキュベーション施設はビジネスが「投資の論理」で動くのに対し、Co-workingでは個人の自発性にもとづいてフレキシブルにビジネスができる。

Co-workingのスペースは、2006年頃にサンフランシスコで生まれ、その当時は2-3カ所しかなかったが、2007年に10-15カ所、2008年に30、40、50カ所と年々増加し、今では世界各地で毎日のように増えているという。そして、Co-workingという概念をゆるやかに共有しつつも、どのような空間を作るのかということについては、それぞれの場所がそれぞれ違うあり方を模索している。

Co-workingが増加している背景には、個人事業主や在宅勤務が増加しているということがある(短期的には、金融危機以降、務めていた会社を解雇され、フリーにならざるを得なくなった人が増えたという事情がある)。在宅勤務は、さまざまな業界で増えているという。また会社組織に縛られることを嫌い、小さなグループで仕事をしたいと考える人も増えている。彼らは会社を興したとしても、多くの人を雇い領域を広げて会社を大きくするような拡大志向は持たず、それよりも「独立」を保ち自分のやりたいようにやっていきたいと考える人たちである。そういった人たちが気の合う仲間と手ごろな値段でカジュアルなオフィスを持てる、というのがCo-workingの魅力のようだ。

また技術的には、ラップトップパソコンを持ち歩き、無線LAN等のインターネットに接続すればどこでも仕事ができる環境が整うようになったということもCo-working増加の背景にはある。Wikiやブログ等のツールやSaaS・クラウド型のツールをフルに活用することで時間や空間を超えてコラボレーションをすることの可能性も広がっている。

※代表的なCoworking
Citizen Space(サンフランシスコ) 最大規模のコワーキング。20席+会議室など。
Hat Factory(サンフランシスコ)コワーキング発祥の地
Cubes & Crayons(サンフランシスコ)託児サービス付き。←これすごくいい。
New Work City(ニューヨーク)東海岸の代表的Co-working
PariSoMa(パリ)ヨーロッパの代表的Co-working。


代表的なCo-workingの中から、実例を二つ紹介する。
New Work Cityは2006年設立の「老舗」のCo-workingのひとつである。経営者のTony Bacingalupoは、Web開発のプロジェクトマネージャーをしている。自宅で仕事をしていて寂しさを感じ、週1回、招待された人がアパートに集う「Jelly」というCo-workingイベントに参加したのを機に関心を持った。New Work Cityの主な設備は、仕事用机、会議室、ファックス、スキャナー、プリンター、無線インターネットなどである。メンバーシップには3種類ある。とびこみの人向けの「ドロップイン」は1回25ドルで最も人数が多い。週2回使える「パートタイム」は月額200ドルで、5人が利用している。そしていつでも使える「フルタイム」は月額550ドルで2人が利用している。彼らはTwitter、Ning(SNS)、Google Group、Facebook、Meetupなどのソーシャルメディアを活用して連絡しあったり、ビジネス分野や開発言語ごとの勉強会をNew Work Cityで開催したりもしている。



図:ニューヨークのNew Work City内部の様子

サンフランシスコのCitizenSpaceは、Co-workingの元祖とされるHat Factoryからスピンアウトして2006年に設立された。ここのオーナーはあの『ツイッターノミクス』の著者、Tarah Hunt(@missrogue)だ。私がインタビューをした運営者の一人、Hilary Hartley(@quepol)は電子政府のコンサルティングを得意とするNIC社に在宅勤務で勤め、いくつかの州政府を担当している。Citizen Spaceは2009年に20人分のスペースを確保し、最大規模のCo-workingスポットとなった。メンバー(「シチズン」と呼ぶ)の18人で公共料金、インターネット、家賃などを共有している。ドロップインは無料としているため、口コミやTwitterなどで存在を知り、ウェブ技術者ばかりでなく、ライターやDJなど色々な人が来てコラボレーションが始まることもある。特に、近所の会議場でイベントがあるときはドロップインの利用が多い。ソーシャルメディアは、Googleグループを使っているほか、Twitterアカウントをグループで利用するように設定し、イベントのお知らせなどに使っている。



図:サンフランシスコのCitizen Space内部の様子

以上のように、シリコンバレーでは、SaaS・クラウド型のサービスを活用し、小規模で効率的な企業経営を志向する経営者や、気の合う仲間と居心地のいい空間で創造的な仕事をしようとするCo-workingの人々の存在を見ることができた。ここでソーシャルメディアは、経済活動の新しい形を生み出し、流動的で効率的な経営を促進するという役割を果たしていた。

今回の調査でインタビューをしたハワード・ラインゴールドは、コンピュータを使いこなす人々のリテラシーの発達が重要だと強調している。印刷技術を例にとれば、ヨーロッパで印刷技術が生まれたことではなく、それによって字を読める人が増えたことが、社会に大きなインパクトを与えた。じつは中国や韓国でも早い時期から印刷技術は生まれていたが、それを使いこなして社会を変えようという人は限られていたため、社会を大きく変える力にはならなかった。したがってソーシャルメディアも、使いこなす人々の活動がコワーキングのような形で拡散していく定着フェーズに入ったことの意義は大きいだろう。

■追記
私自身、コワーキング・スペースが欲しいと強く思うし、地域SNSメンバーの「リアル拠点」として、こういう場所があるといいのではないかと思っている。それからGLOCOMでは野村恭彦(@nomutaka)主幹研究員が、社会イノベーションHubを作ろう、と提唱し2010年4月から立ち上げるプロジェクトを進めている。ご関心のある方は、Twitterで私(@mshouji)に呼びかけてください。


■参考
岸本善一「Web 2.0はコンシューマからビジネスのプロへ向かう」『ITPro』
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Interview/20070307/264132/

岸本善一「シリコンバレーでは常識,850万人が使うビジネス特化SNS「Linkedin」」『ITPro』
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/USNEWS/20061223/257662/

John C Abell、「巨大掲示板『Craigslist』:売上1〜3億ドル、殺人事件も」『Wiredvision』2009年6月15日、http://wiredvision.jp/news/200906/2009061521.html

全米のco-workingの場所を表した地図
http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF8&hl=en&msa=0&msid=106781626613503194308.00043ae28812f6044bed3&om=1&ll=41.640078,-98.525391&spn=53.82412,117.949219&source=embed

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