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2005年8月

2005.08.29

『皇帝ペンギン』見ました@恵比寿

途中で一瞬だけ寝てしまったけど、まあまあ面白かった。父ペンギンと母ペンギンの台詞が妙に官能的で、(本当はよく知らないが)いかにもフランス映画らしい。きっとアメリカ人や日本人だと、ああいう描き方をしないんじゃないかな。そういう意味でも興味深かった。

今までぜんぜん知らなかったけれど、ペンギンの生態というのはすごく面白い。特に印象的だったのは、子育ての時期になると南極のあちこちから営巣地に向かって一列で行進しながら集まってくるところや、母親が食料をとりに行っている間、父親は何ヶ月も飲まず食わずで卵を暖めながら待っているところだ。本能的にやっているんだろうけど、ペンギンがみんなで話し合ってやっている文化的な行動なんじゃないか、とさえ思えてきた。

もちろんペンギンの外見や動き方はすごくかわいくて面白いんだけれども、それだけではなく生態の面白さにも惹きつけられた作品だった。

、、、というところまではすごくいいんだが、見終わってから急に寒気がしてきてしまった。家に帰って熱を測ったら37.7度。風邪を引いてしまったようだ。

2005.08.28

大手サイトの総選挙コンテンツ

ネット上ではいろんなサイトが選挙に向けたコンテンツを提供し始めた。

政治は人気コンテンツになる、とは思っていたけど、今回は↓のように以前に増して盛り上がっているようだ。そして、こういう営利サイトの動きに対して、資源や体力に乏しい政策NPO系のサイトは負けてしまっているのかもしれない。

Yahoo!

goo(Blog)

Gree総選挙

総選挙はてな

ただ、これらのコンテンツはどちらかというと「情報提供型」で一方向的なものであり、ブログや掲示板上で双方向に政策論争が戦わされているのか、というとそうでもないようだ。(はてなはちょっと違うし、まだそういう事例を知らないだけかもしれないけど)。

ちなみに政策空間は関連原稿の掲載を準備中です。それから個人的には、広い意味での情報政策についてマニフェスト比較をしてみようかなと思っています。

2005.08.23

GLOCOMフォーラム「ネットコミュニティと合意形成」セッション

GLOCOMフォーラム、おかげさまで無事に終わりました。

さっそく、情報社会学若手研究会主催、「ネットコミュニティと合意形成」セッションの内容がインターネットWatchに掲載されましたので紹介しておきます。

それから、終了後に放送したGLOCOM TV(GTV)のセッションレポートは注目度が非常に高く、最高で同時220アクセスくらいあったそうです。2ちゃんねるで実況されていたので、それを見ながら放送するということをやってみたんですが、これはなかなか楽しかった。

詳しくは裏方でこのセッションを支えてくれた松村太郎くんのブログDQN日記(++)でどうぞ。

以下、フォーラムを通じて思ったことを少し。

この若手研のセッションで僕は2回しか発言しなかったのだが、その2回目の発言で僕は、「で、結局、ネットコミュニティで合意形成できるのか」、という「そもそも論」的な質問を強調してみた。僕の問いに対しては「そもそも合意って何だ」という突っ込みがあったけれども、「田代まさしをTIMEの表紙にしようというようなネタではみんな一致するから合意形成したといえるけれど、『ハッピー☆マテリアル』のCDを買おうという呼び掛けには大多数のユーザーは参加しない」というひろゆきの発言が回答になっていたと思う。つまり、とりあえずの答えは「ネタ」によるということだ。

だから最後の方であった「で、結局ネットで合意なんて形成できねーよ、ということなんだが」というまとめは正確ではないし、残念な発言だった。

けれども二日目のシンポジウムで東さんが言っていたように、「情報社会というのは本質的に合意を形成しにくい社会」であるということも分かってきた。これは東さんの表現を借りれば「情報技術の発達は、社会全体を非同期的な方向に導いている」あるいは「情報技術の発達は、社会から離脱するのが非常に容易になる方向にわれわれを導いている」ということだ。そういう中で、社会をどういう方向に導いていこうか、というような大きな合意形成はますます難しくなってきている。しかし他方では、ネタ的な小さな合意形成が現に行われている。

僕が企画・司会をした「情報社会の憲法を考える」セッションでは鈴木寛氏(GLOCOMフェロー、参議院議員)が「周囲の人々とコミュニケーション・コラボレーションをして問題解決をしていくことを基点とする統治構造」や「自立分散的に合意を形成するためのプロトコルを憲法は重点的に規定すべき」というような議論を提起していた(と思う)。今までは、地域コミュニティや趣味関心を共通にする人々に権限を分散した「自立分散協調」型社会というビジョンは、ある種「キレイゴト」の議論のように思っているところがあったのだが、今回のGLOCOMフォーラムでの議論を振り返ってみると、これは、ネットコミュニティの現実を踏まえた非常に現実的なビジョンなのではないか、と思えてきた。だから「情報社会の憲法を考える」議論は、白紙の状態から何らかの「あるべき理想像」へ向かって権利や統治構造の規定を設けていくような議論よりも、情報社会の現実に統治構造を合わせていくための議論が必要なのではないか、という感想を持った(時間が足りなくなってしまいそこまで踏み込めなかったのは残念!)。

2005.08.16

GLOCOMフォーラム続報

先日ここでお知らせした「GLOCOM forum 2005」ですが、二日目のプログラム(シンポジウム)の詳細が決定しました。↓の方に東さんの司会方針が出ていますが、情報社会の合意形成とはどういうものになるのだろうか、ということを考える上では、とても刺激的な内容になりそうです。

たとえばこの部分。

20世紀の合意形成は、多様な意見をまとめあげ、ひとつのコミュニティ(たとえば国民国家)を、言い替えれば、「私たち」と「彼ら」の境界を再設定する過程だった。しかし、いま夢見られている合意形成は、まったく異なったコミュニケーションの可能性を指し示している。私たちは、プラットフォームを介して、ばらばらに多様な合意形成を行う。そこでは、いくらコンセンサスが得られても、「私たち」がひとつになることはない。21世紀は、イデオロギーによって分割されるのではなく、無数のコミュニティが無数のプラットフォームを介して連なりあう、別種の秩序を模索しているのだ。

個人的にはとても楽しみにしています。
こういうテーマにご関心のある方はぜひいらしてください。

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■シンポジウム「情報社会の合意形成」■

・開会挨拶
宮原明(国際大学副理事長)

・講演 GLOCOMの再構築
公文俊平(GLOCOM代表)

・挨拶 新生GLOCOMへの期待
鈴木寛(参議院議員)
吉田望((株)ノゾムドットネット)
白川英俊(NTTメディアスコープ社長)

・パネルディスカッション:『情報社会の合意形成』
吉田 民人(東京大学名誉教授)
國領 二郎(慶應義塾大学教授)
鈴木 健(東京大学大学院博士課程、GLOCOM客員研究員)
公文 俊平(GLOCOM代表)
東 浩紀(GLOCOM教授)

■日時・会場■
日時:2005 年8月21日(日)
時間:13時~15時
場所:横浜プリンスホテル本館・綾錦
主催:国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)
協賛:青山ブックセンター

■パネリストプロフィール■

吉田 民人(よしだ たみと)
1931年生まれ。1955年、京都大学文学部卒。大阪大学、京都大学、東京大学などの勤務を経て、現在、東京大学名誉教授・日本学士院会員。著書に『自己組織性の情報科学』(1990年)、『情報と自己組織性の理論』(1990年)など。1967年、DNAから感覚運動信号をへて言語までという「記号進化論や記号進化の系統樹」を提唱した。

國領 二郎(こくりょう じろう)
1959年生まれ。1982年、東京大学経済学部経営学科卒。同年、日本電信電話公社入社。1992年、ハーバード大学経営学博士。現在、慶應義塾大学環境情報学部教授。著書に『デジタルID革命』(2004年)、『オープンアーキテクチャ戦略』(1999年)など。経営と情報を融合させた研究で知られる。

鈴木 健(すずき けん)
1975年生まれ。現在、東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍、国際大学
GLOCOM 客員研究員。「伝播投資型貨幣」というコンセプトに基づいた"PICSY"の理論研究・実装に取り組む。共著に『NAM生成』(2001年)、『進化経済学のフロンティア』(2004年)。

公文 俊平(くもん しゅんぺい)
1935年生まれ。1959年、東京大学大学院社会科学研究科理論経済学専攻修士課程修了。1968年、米国インディアナ大学経済学部大学院修了。東京大学教授を経て、現在、国際大学GLOCOM代表、多摩大学情報社会学研究所所長、他。著書に『情報文明論』(1994年)、『情報社会学序説』(2004年)など。

東 浩紀(あずま ひろき)
1971年生まれ。1999年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、国際大学GLOCOM教授、スタンフォード日本センターリサーチフェロー。著書に『存在論的、郵便的』(1998年)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『自由を考える』(2003年・共著)など。

*パネリスト予稿が以下で読めます
http://www.glocom.ac.jp/j/projects/gforum/2005/program/symposium/index.html

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情報社会の合意形成と設計の知:司会方針

東浩紀

 このシンポジウムでは、情報社会の合意形成を「なめらか」にするために知になにができるかという視点から、学際的な討議を試みたい。
 私たちはいままで、公と私、ウチとソト、仕事と余暇、ビジネスとアカデミア、国内と国外、「私たち」と「彼ら」など、いくつもの境界を設定することで社会のダイナミズムを調達してきた。しかし、情報技術革命は、その境界をさまざまな場面で溶解させつつある。その溶解は、短期的には混乱を生み出すが、長期的には新たな秩序に落ち着いていくことだろう。パネラーのなかでもっとも若い経済学者、鈴木健は、その秩序の鍵が「なめらか」だと主張する。ウチとソト、仕事と余暇、ビジネスとアカデミアが、ただ繋がるだけではなく、なめらかに連なり増殖していく、多様で生産力に溢れる社会。それはひとつの理想である。
 では、その実現のためになにが必要だろうか。
 いま日本でもっとも注目されている経営学者、國領二郎は、「プラットフォーム」というコンセプトを提案している。「私たち」と「彼ら」の境界が消え去ったあと、それでも個人が《孤人》(*)として切り離されないためには、ネットワークの整備だけでは不十分だと國領は考える。プラットフォームは、ネットワークに対しては上部構造に、コミュニティに対しては下部構造となる。それは、あらゆるものを繋げてしまう情報技術のインフラと、逆にあらゆるものを分散させてしまうポストモダンの多元志向のあいだを「なめらか」に媒介する、一種のミドルウエアの構想だ。
 情報社会の合意形成は、プラットフォームのうえで「なめらか」に行われる。
 この意味は大きい。20世紀の合意形成は、多様な意見をまとめあげ、ひとつのコミュニティ(たとえば国民国家)を、言い替えれば、「私たち」と「彼ら」の境界を再設定する過程だった。しかし、いま夢見られている合意形成は、まったく異なったコミュニケーションの可能性を指し示している。私たちは、プラットフォームを介して、ばらばらに多様な合意形成を行う。そこでは、いくらコンセンサスが得られても、「私たち」がひとつになることはない。21世紀は、イデオロギーによって分割されるのではなく、無数のコミュニティが無数のプラットフォームを介して連なりあう、別種の秩序を模索しているのだ。
 情報社会の多層的世界。そこでは、知のかたちも変わらざるをえない。この地点において、情報社会学の先駆者、社会学者の吉田民人と経済学者の公文俊平は、ともに「設計の時代」を予言する。コミュニティに奉仕する「分析の知」ではなく、新たなプラットフォームを生み出す「総合の知」へ。世界と人間が退治する認識科学から、世界と人間とのインターフェイス=ネットワークを所与の環境とした「ゲーム」「シミュレーション」の実験科学へ。情報社会の学は、それみずからがひととひととを繋げる、合意形成の媒介として機能しなければならないのだ。
 その構想の豊かさに迫ることができれば、このシンポジウムは成功したことになるだろう。

(*)アニメーション作品『攻殻機動隊 S.A.C.』の表現