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2005年1月

2005.01.29

家賃の振り込み先変わりました詐欺

近所のマンションで「家賃の振り込み先変わりました詐欺」あったらしい。お知らせをきちんと封筒に入れて各戸に配り、しかも共用スペースに掲示までしてあったというからたちが悪い。

拝啓

日ごろお世話になっております。
この度、賃貸「マンション・アパート・住宅」の、
家賃納入につきまして、セキュリティー上の都合
により、急な通知ではありますがお振込口座
の変更を通知いたしました。
つきましては、今月から以下の口座に切り替わり
ました事をお知らせいたします。

銀行名  
支店名  
口座番号 

「セキュリティー上の都合により」と理由をぼかしているところがなんとも興味深い。最近は、「セキュリティー」という言葉には「素人には難しいもの」「専門家が高度な知識で対応するもの」という印象がついているようで、「セキュリティー」と聞いて反射的に「よく分からないけどお任せする」という態度をとってしまう人が、この詐欺に引っかかるんだろう。

ところで僕が住んでいるところでは、一昨年、高齢の大家さんの口座から管理を委託されている不動産屋の口座に振り込み先が変更になるということが実際にあった。その時はお知らせの紙に両者の印鑑が押してあったし、その上、各戸を訪問して説明していたと記憶している。その時はずいぶん丁寧だなと思ったものだが、今どきは最低でもそのくらいの慎重さは必要なのかもしれない。

2005.01.20

これはとても嫌な事件だ

富士ゼロックスの小林陽太郎会長の自宅に、実弾が郵送されてきたそうだ。また、先日は火炎瓶が置かれていた。これは明らかに脅迫だ。

各社の報道によると小林氏は「新日中友好21世紀委員会」という委員会の座長を務めていて、首相の靖国神社参拝について「個人的にはやめていただきたい」と発言してからは右翼団体の抗議行動を受けていたそうだ。

もしこの脅迫が、靖国神社参拝批判をやめさせようという意図で行われたのだとしたら、これは非常に嫌な事件である。主張の内容に賛成であるか反対であるかに関わらず、言論を脅迫によって萎縮させようとするのは、テロだ。こういうことが積み重なっていくと自由に言論をすることができなくなり、いずれは世論もゆがんでしまい、政策もゆがんでしまう。

戸川猪佐武著『党人の群れ(1)(2)(3)』を読むと、戦前の日本がそういう状況に置かれていたことが非常に良く分かる。度重なる軍部の脅迫によって政治家が思うことを言えなくなり、一部の急進的な人々によって世論もゆがめられ、抗いがたい大きな「流れ」になって諦めや絶望感が広がっていく様子が描かれている。

あのような状況になることは絶対に嫌だ。
萎縮してはいけない。テロに屈してはいけない。

参考: http://mshouji2.cocolog-nifty.com/makolog/2004/10/amazo.html

2005.01.17

「手ぶら旅行」が受賞

GLOCOMが(私自身も)参画している次世代空港システム技術研究組合(ASTREC)の「e-Tagを用いた手ぶら旅行システム」が、日経コンピュータ第9回「情報システム大賞」の部門賞「先進技術賞」を獲得しました。まだまだ検討・改善すべき点などはたくさんあると思いますが、とても励みになります。

2005.01.16

4日で政府を動かした、という韓国ネチズン

韓国のネチズンの間では今、「欠食児童のためのお弁当」が大きな話題になっている。

朝鮮日報の特集記事(日本語)
中央日報の記事(日本語)
メディアDaumの記事(韓国語)

家庭環境に恵まれない子供は、学校の休暇期間中に食事を食べることが難しくなってしまう。そこで韓国では、居住地域の自治体がその子供にお弁当を届けてあげる制度があるらしいのだが、その弁当があまりに粗末であることがネット上で明らかにされて、ネチズンからの大きな批判や抗議を呼んでいるのだ。

この件は、最初は地方の小さなニュースサイトが記事にしたらしいのだけれど、メジャーなニュースポータルであるメディアDaumがトップで採り上げ、そこからオフラインのメディアでも大きな話題になるなど、短期間に飛び火していった。これに平行してネチズンが弁当をまともにするように要求が盛り上がり、また自治体や中央政府への抗議コメントがたくさん寄せられたのだそうだ。

そうしていくうちに、これが、最初に話題になった自治体だけではなく全国的な問題であることが分かってきて、最初の記事の4日後にはついに中央政府の担当大臣が調査を行うことを表明した。

この話を教えてくれた韓国のメディア関係者は、「韓国ではニュースは読むものから読んで行動を起こすものになった」と言っていた。この言葉は、この事例に限らず、最近のネチズンの傾向として言えることらしい。彼らの行動についてはまたこんど書きます。

韓国出張から帰ってきました

昨日の午後、韓国出張から帰ってきました。今回の主な訪問目的は、韓国ネチズンが政治に与えた影響についていろいろな人にインタビューをする、というものでした。

3泊4日の日程でしたが、政治家、オンラインメディア、政治ゲームサイト、政治パロディサイト、ポータルサイト、政治学者、通信事業者など様々な立場の方々とお会いすることができ、とても濃密で有意義なインタビューや意見交換ができました。

この出張の成果は今後の研究に生かしたいと思います。まとまったところからこのブログや「智場」や「政策空間」、その他の機会で発表していきます。

こんなに充実した出張にすることができたのは、コーディネートしてくれた黄さんのおかげです。この場を使って表明するのも変ですが感謝の気持ちでいっぱいです。

2005.01.12

渥美東洋先生最終講義

渥美東洋先生の最終講義を聴講してきた。先生は退官するとは全然思えないくらいお元気で、渥美節は健在だった。

僕は大学3年から修士2年までの4年間、東洋先生のゼミ生として学ばせていただいた。正直言って、先生の弟子と言うには恥ずかしいくらい出来が悪かったと思う。法律の勉強もほとんどしなかったし。

だけど今でも自分としては、先生のおっしゃる「第二次ルール」を自分の関心の中心に据えているつもりだ。いつか、先生に研究成果や社会的な活動の成果をきちんとご報告できるようになりたい、という思いを新たにした。


※(追記)
最近、このエントリーにたくさんのアクセスをいただいているので、近日中に簡単な内容をアップしたいと思います。少しお待ちください。

2005.01.08

韓国では3.6Degrees?

先日のエントリーで書いたように、いまダンカン・ワッツの『スモールワールド・ネットワーク』を読んでいるのだが、その傍らで小針進『韓国人は、こう考えている』(新潮新書)という本を衝動買いしてぱーっと読んだ。そこに

延世大学社会発展研究所と中央日報社が共同で調査したところ、ある人から見知らぬある人につながるまでに必要な人数は平均で3.6人だという結果が出た(『中央日報』2004年1月9日)。1967年に米国で同じような調査が行われたが、5.5人だったという(庄司注:ミルグラムの調査のこと)。韓国社会のほうが米国社会よりも狭いということになるが、IT化はこのネットワークをもっと狭めるかもしれない。

という記述があった。このほかに、韓国は「単一民族」度がとても高く、地縁・血縁・学縁を強く意識する社会だということも書いてあった。

これは、スモールワールドネットワークやサイバーカスケードのことを考えるときにとても興味深い事実だ。ただ、検索してもこれ以上の情報が出てこないのが残念。

2005.01.05

年末年始のいろいろ

年末年始にあったいろんなことをブログに書こうと思いつつ、結局書けなかったので、とりあえず箇条書き的にご紹介します。

2005.01.04

小中学生ブロガーと著作権

このブログのアクセスログを見ていたら、以前書いた「著作権に挑む小中学生」にたくさんのアクセスをいただいていることが分かったので、関連情報を少し。

小中学生ブロガー(彼らは自分たちが「ブロガー」と呼ばれることもピンとこないかもしれないけど)が進出したNAVERでは、著作権について説明するページを設けている。

興味深いのは、その下についているコメントだ。これを見るとNAVERでは少なくとも夏ごろから問題が気づかれていたことがわかる。「アーティストの名前を明記しても著作権侵害になるんですか」「歌詞でもだめですか」という素朴な質問や、「違法だ」「犯罪だ」と煽り嘆くコメント、「NAVERは管理がなっていない、もっと厳しく取り締まれ」という責任論などが目に付く。「ディズニーとジャニーズは訴えられる可能性が高いからヤバイ」的なコメントもあった(そういう問題じゃないだろう(笑))。

コミュニティのメンバーが著作権を侵害しているブログを通報して削除させたり、著作権を侵害しているかどうかについて教えあったりする態度は自浄作用なので、間違っていないと思う。確かにNAVERブログの現状はあまりにもひどいので、こういう動きには期待したい。

けれども、これだけ気に入った歌手の歌詞や音楽を紹介したい人もいる、ということを踏まえて、現在の制度に疑問を持つこともできないだろうか、とも思う。「現行制度の枠内で何ができるのか」ではなく、「現行制度を変える必要があるのではないのか」「変えた方が効用が大きいのではないか」と考えたいのだ。

そんな思いがあって昨年、「訴訟の恐れを抱かずに音楽を聞きたい」というコラムを書いた。僕自身、著作権の勉強はほとんどしていないに等しいので突っ込んだ議論ができないところがもどかしい。