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2004.10.25

ディーンの失敗と「草の根の三乗」

公文俊平『情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる』を入手。読み始めた。

どのページを開いてもとても興味深いので、これから少しずつ(節ごとか項ごとに)区切って、自分の考えを載せながらブログを書いていってみようと思う。

まず、本書の最初では、アメリカ大統領選挙におけるハワード=ディーン候補の運動を紹介している。ディーンは、最初は無名だったがブログを活用するなどして話題を振りまきながら有力候補に浮上し、最終的にはケリーに敗れて民主党の候補者争いから脱落した。

ディーンが敗退した理由には、イラク戦争やテロに対する政策が支持を広げられなかったであるとか、キャンペーンが失敗したとか、ケリーの方が無難であったとか、いろいろと言われているが、本書ではディーンの失敗について、「草の根の2乗」と間接民主主義の相性の悪さを指摘している。

「草の根の2乗」というのはディーンの選挙キャンペーンを取り仕切ったジョー・トリッピの言葉で、自前の目標をかかげ、その実現のために力を合わせる運動体が、目標を実現するための手段までも自前で作ることを意味している。ディーンの支援グループは、民主主義の実現を助けるインターネットについて「インターネット7原則」というビジョンをかかげ、「ウェブコミュニティキット」という自前のソフトウェアを製作し配布することで、運動を広げていった。

しかし筆者はこの運動について

ディーンという大統領を誕生させてその政権に自分たちの最終的な目標の実現を委任しようとする行動様式は、まさに「間接民主主義」の行動様式そのものである
と評し、そして
目標の実現を政府に委任するかわりに、あるいはそれと並行して、自分達で目標の直接の実現をはかるとすれば、それはまさに「草の根の三乗」(自前の目標設定×自前の手段開発×自前の目標実現)と呼ぶことがふさわしいのではないか
と述べている。

つまり筆者は、情報社会を担う人々(智民)のアクティビズム(行動主義)は「草の根の二乗」ではなく「草の根の三乗」であるべきではないか、と言っている。「二乗」と「三乗」の違いは、目標の実現について既存の間接民主制の枠内で代表者に委ねるのか、自分達で実現までしようとするのか、の違いである。

これまでのe-democracyの議論では、掲示板(BBS)の活用にしても、パブリックコメントのような「ご意見募集」にしても、既存の間接民主制と接合することを前提としていたと思う。つまり、地域の代表者に選挙で思いを託したり、政党や利益団体のような自前ではない既存の中間組織に委任する枠組みが前提となっていた。そして、BBSの議論は収束させるのが難しいとか、収束させたとしても中間組織に反映させるメカニズムがないとか、中間組織を思うとおりに動かせない、などといったことが課題になることが多かったのではないだろうか。

しかし筆者は、

(ディーンの顧問になったような)アクティビストたちは、どちらかというと自分の個人的意見に固執する傾向が強く、「代表制民主主義」にとっての大前提となっている、相互の討論・説得、あるいは妥協を通じて自分の意見を変えたり、個別的な意見の集約を通じて多数意見の形成に努めた上で多数決で物事を決めたりするといった方式には、必ずしもなじまないのではないか(中略)つまり、智民の意識や行動様式、とりわけオンラインでのそれと、既存の民主政治とは、必ずしも相性がよくないのではないか
と言っている。

確かにそうかもしれない。ネット上では、大きな議論の摺り合わせは難しく、同意を得られる仲間を探すことの方が簡単だ。(結局既存の制度を使うことになるとしても)誰かに託すのではなく、目的や手段を共有する仲間を増やしながら、実現に向けて自ら行動していくことを前提に、e-democracyの仕掛けや理論を考えることがとても重要だと思えてきた。まだ頭の中が整理できていないが、「政策の草の根の三乗」あるいは「政策の自前主義」がしばらくの間、自分の中でキーワードになりそうだ。

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コメント

「ネット上では、大きな議論の摺り合わせは難しく、同意を得られる仲間を探すことの方が簡単だ。」ってところ、確かにありますね。

現実社会でも、大人になればなるほど、その傾向が強くなっていっていると思います。

「あいつは××だから…」とか言って近づかないようになったりして。それが政党になったり、その最たるものが宗教であるような気かします。

今朝のサンデープロジェクトでアメリカの大統領選と福音主義のコミュニティについてのプログラムがありました。

結局、中絶を反対する福音主義の教会コミュニティが「ブッシュを支持する」となると、イラクの問題がどうであれ、そのコミュニティ全てがブッシュ陣営の基礎票となるようです。

(怖いのは、0歳児から宗教教育を施していたところで、聖書に触れて「good job」と褒めて、喜んでいる大人でした。)

閑話休題。だから一概に中絶に賛成しているケリーはダメとなる論理でした。う〜ん、だとすると中絶反対で、イラク派兵も反対の人は誰に投票すればいいのでしょうか。(代表制民主主義というか、政党制の弱点かもしれませんね。)

このあたりは、mokologさんの「訴訟の恐れを抱かずに音楽を聞きたい」で紹介されていたiPacの運動が参考になるのでしょうか。

意外とmakoさんの見方が、現代社会の解法の糸口になるかもしれませんね。

僕もサンプロ見ました。
メガ協会の活動は衝撃的でしたね。

ブッシュ政権が成立した2000年以降、キリスト教原理主義者的なメガ協会が急増している、というのは興味深いデータでした。

また、子供のうちから徹底的な宗教教育をすることなどについて、僕も違和感を覚えました。

でもその一方で、「政=マツリゴト」ですし、人類の長い歴史からすると政治と宗教が結びついている時期のほうが圧倒的に短いわけで、政治と宗教の分離という近代国家の前提を信じてあの場面に違和感を感じる日本人の方が不自然なのかも知れない、、、などということもちょっとだけ頭をよぎりました。

コメントへの回答になってませんが、人類学者ktagumaさんの考えをうかがってみたいです。

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